Will-Can-Mustにモヤモヤするとき|上司と部下でキャリアの話が噛み合わない理由

技術者のキャリアと悩み

「理不尽な指示に、夢を諦めてきたのに、今さら何を?」

私は前職でキャリア研修を担当していました。
「皆さんは、業務を通じて、何がしたいですか?」と問うたとき、
ある技術者の人が、吐き捨てるように言ったのです。

なぜキャリアの話は噛み合わないのか

もしかすると、こんな違和感を感じたことはないでしょうか。

Will-Can-Mustは、本来とてもシンプルな問いのはずです。

けれど現場では、
同じ言葉を使っているのに、話が噛み合わない。

それは、能力や意欲の問題ではなく、
「前提」が違っているからなのかもしれません。

  • 私は何がしたいのか?(Will)
  • 私は何が出来るのか?(Can)
  • 私は何をすることに、意義を感じられるか?(Must)

部下は事前課題として自問自答し、面談の場で上司に説明。
これらをバランスよく満たす道を探っていくのです。

けれど実際には、

うまく書けない項目があり、
それを説明しても議論が噛み合わない。

説明はしてみたものの、
口に出せない何かが残っている

そんな経験をした方は少なくないと思います。

そしてそのうち、
「この3つを満たさないとダメなんですか!?」
と叫びたくなる…

無論、そんなことは言えません。

Willにモヤモヤするとき

「やりたいことは何ですか」
上司にそう問われたとき、部下が感じるのは、
(夢を持って仕事をしていないと、
 やる気が無い奴だと思われるのではないか)
ということかもしれません。

就活生でもあるまいし、
「私の夢は〇〇でして、こうして、ああして、こうなりたいのです!」
などと語る人は少数でしょう。
過度に熱く語れば、
(今の仕事には満足していないのか?)
(しょせん、将来のためのステップなのだな…)
と思われるかもしれません。

かたや上司にしてみれば…
(業務で成し遂げたいこともないのか)
(あなたのキャリアは、あなた自身が切り拓くんだよ)
と思っているのかもしれません。

以前は飲み屋で語り合っていた夢の話…
会議室に持ち込まれた途端、ギクシャクしてしまうのです。

もしかすると、「夢を語れること」が前提になっていること自体が、
違和感の原因なのかもしれません。

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Canにモヤモヤするとき

「あなたが出来る事は何ですか?」

「難しく考えなくても、いいんです。
 これまでの経歴を棚卸ししてみて、
 その業務から学んだことを書いてみて下さい。」

そう言われて、スラスラと列挙できる人は多くありません。

職務経歴書には部署と職位が書いてあるけれど、
どんな業務を担当していたかは説明できても、
そこで得られたスキルを説明することは容易ではありません。

さらに、
「今、学んでいること、これから学んでいきたいことはありますか?」
などと問われると、困ってしまいますよね。
(えっ? それ、上司に話さないといけないの?)と…

上司は、
(何だ、自己研鑽していないのか?)
(DXの時代だぞ。リスキリングしていないのか?)
とイライラを募らせているのかもしれません。

ひょっとして、能力は積み上がるものだ、
という前提そのものが、現実とずれてきているのかもしれません。

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Mustにモヤモヤするとき

3つの中で、もっともモヤモヤするのはこれでしょう。

部下は、
(担当業務の意義は、しっかり腹落ちしています)
(私の職位が成すべきことは、キチンと理解していますよ)
と、”宣誓”をする。

上司は、それを確かめながら、
(あなたには、こういう役割を
 果たして欲しいんだけどなあ…)
などと、思っている。

「部下のキャリアを支援する面談」のはずなのに、
期末の「評価面談」のようになってきてはいないでしょうか?

そして何より、
「誰のMustなのか」が曖昧なまま話が進んでしまう。

それが、このモヤモヤの正体なのかもしれません。
そして、だからこそ話が噛み合わないのだと思います。

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それでもキャリアを考えるということ

企業側は、
「従業員一人ひとりに、主体的にキャリアを考えてもらうことが、
会社の持続的な成長、個人の成長のためになるはず…」

従業員は、
「任された役割を果たし、自分自身の価値観(Value)に根差し、
意味を感じながら、仕事がしたい。」

と思っている。
だから、「部下のキャリア面談」を実施しているのだと
私は思います。

なぜ、Win-Winだと思ってやっているのに、
こんなにも、モヤモヤが生じるのか。

私は、上司と部下で、前提条件が違うからだと思います。

同じ言葉を使っていても、
何を当然と考えているかが違えば、
対話は噛み合いません。

そして会社という場では、
「これぐらいは共通認識でしょう」という前提に立って
話が進んでしまうことが少なくありません。

会社を離れてみると、
人の前提は本当にバラバラなのだと実感します。

その視点で見直すと、
職場でのすれ違いも、少し違って見えてくるのかもしれません。


同じ言葉を使っているのに噛み合わないとき、
私たちはつい「理解力」や「意欲」の問題にしてしまいがちです。

けれど本当は、
その手前にある「前提」が違っているのかもしれません。

当たり前としているものが違う。
そこに気づくことからしか、対話は始まらないのかもしれません。

👉次のコラムはこちら
 (なぜモヤモヤが生じ、どうすればよいのか解説しています)

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