私の前職である自動車業界で、またも不正が発覚しました。いくつもの工場が稼働停止に追い込まれる異常事態です。しかし就職関連サイトを見ると、同グループ会社は「コンプライアンス意識がとても高い」という口コミが沢山出てきます。かくいう私も、同グループに居たので良く分かります。生産現場から事技職の職場、営業現場まで、コンプライアンスを遵守するための教育啓蒙活動がとても盛んです。生来へそ曲がりな私は、「〇〇してはダメ」と言われれば言われるほど反発したくなる性分。「おいおい子供じゃないんだから、勘弁してくれよ」と辟易しておりました。
私は在職時、数百名からなる部署の風土改革を仰せつかり、その理念の再構築をしました。若手メンバーが中心となって、全員を巻き込みながら議論し、1年がかりでまとめたのです。組織とそこに属するメンバーが大事にしたい価値観(バリュー)を「〇〇しよう!」というトーンでまとめたのです。しかし、お披露目の集会で出た質問は「〇〇しようはいいのですが、どこまでやっていいんですか?」。これには閉口しました。「〇〇してはダメ」という文化に浸りきっていいると、自分の頭で考えなくなるのです。
私はその際、「〇〇してはダメというのは、ルールベース。今回設定したバリューは、プリンシプルベース。プリンシプル(原理原則)に照らして、自分の頭で考えましょう!」と回答しました。正直なところ「行間読めんのか!ボ●」と、はらわたは煮えくり返っておりました。
今回のような不祥事が起こると、コンプライアンス重視のための教育は以前にも増して徹底されるでしょう。しかし「何々してはいけない!」と言われれば言われるほど、人の意識はそこに向きます。駅のホームで「駆け込み乗車はご遠慮下さい!」とアナウンスしても、ダメですよね… 最近は「次の列車をお待ちください」って言ってますよね? 「お客様の安全を守る」という目的に照らし、言い方を変えているんですよね。これはアドラーの目的論に基づいた考え方です。
良く知られているのは、男子用小便器の前に貼られた文言。「いつも綺麗にご利用いただき、有難うございます」です。昔は「一歩前に!」と命令口調でした。ちょっとウイットを効かせ「焦るとも心静かに手を添えて、外に漏らすな朝顔の露(一歩前進!)」という標語も良く見かけましたね。私以上にへそ曲がりな某先輩は、それを見て憤慨し、標語が書かれた紙を剥がしていました。ルールベースの社風に嫌気が差していたんだと思います。
ルールベースの教育で、不正は無くなりません。プリシプルベースで考えるようにしないと、目的は達成できない… 私はそう思います。「創業の理念に返る」こととは、正にプリンシプルベースでものを考えるということに他なりません。但し、創業の頃とは時代が大きく変わっているので… 今の時代に合わせて理念を再考する必要があると、私は思います。□
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