― 技術者育成の議論がすれ違う理由
はじめに
「技術者が育つ組織とは何か」を論じる前に、
まず整理しておきたいことがあります。
それは、
「技術者が育つ」とはどういう状態なのか
ということです。
この言葉は、実は立場によって意味が違います。
- 経営・人事
- 技術部署
- 若手技術者
それぞれが思い描く「育った状態」は微妙に異なります。
この定義を曖昧なまま議論すると、
お互いが自分の立場で考える「理想像」を
ぶつけ合うだけになり、共感するどころか、
議論はすれ違ってしまいます。
そこでまず、
「技術者が育った状態」とは何か
を全社的な目線で、整理してみたいと思います。
技術者が育つ、育たないとは何か
技術者が育った状態とは
例えば次のような状態です。
- 事業に大きく貢献する技術的成果が生まれている
- 新規事業を担える人材やチームが育っている
- 個性の強い技術者(トンガリ人材)が活躍している
- 倫理観の高い技術者が増え、技術不正の発生が抑えられている
- 経営感覚に優れた技術者が出てきている
- 多様性を活かしたチームが機能している
- 上司が教え、部下がそれ以上の成果を出している
- 上司が知らない技術を、部下が提案してくる
- 会社の方針と結びついた技術が生まれてくる
- マネージャーがマネージャーらしい仕事をしている
- 各人が職位に応じた役割を果たしている
このような状態が現れている組織では、
「技術者が育っている」
と言えるでしょう。
つまり、技術者が育っているとは、
個人またはチームが役割を果たし、
事業の発展に寄与する成果が生まれている、
あるいは生まれつつある状態
と言えるでしょう。
技術者が育っていないのに事業の発展はなく、
事業発展の背景には、必ず技術者の成長があるとも言えましょう。
技術者が育たない状態とは
反対に、技術者が育たない組織では次のようなことが起きます。
- 優秀な若手が辞める
- 若手の活力が低下する
- マネージャー候補が出てこない
- 事業を支えるコア技術の担い手が育たない
- 新規事業を担える人材が出てこない
- 教えても変わらない
- 上司が教えない
- 部下が学ばない
- マネージャーがマネージャーの仕事をしていない
- 決めるべき人が決められない
多くの企業で、
「最近の若手は育たない」
という声を聞きます。
しかし現場をよく見ると、
少し違う問題が見えてきます。
育たない場合の問題とは
教えていない
技術開発の現場では、
「育ててもいないのに、育たないと言っている」
場合が少なくありません。
もし
「育てていて、育たない」
のであれば、育て方を工夫すればよいでしょう。
しかし
「そもそも育てていない」
のであれば、問題は別のところにあります。
つまり、
なぜ育てないのか
にメスを入れなくてはなりません。
そこには、以下のような問題があるのではないでしょうか。
- 残業規制も厳しい中、成果ばかりが求められていて、育成する時間が取れない
- 人材育成のための、教育予算が取れない
- 自立や自律という名の下に、企業の発展のために必要な教育が、自己研鑽、自己啓発の枠に追いやられている
つまり、育成は重要だと分かっていながら、
日常業務の中で優先順位が下がってしまっているのです。
ここでは、それぞれを深掘りすることはしません。
犯人捜しをしても何の意味もないからです。
教えられない
多くの技術部署では、
「技術教育は自分たちでやっている」
と言います。
確かにその通りです。
多くの企業では
- 社内講師による技術講座
- 先輩から後輩へのOJT
- 技術資料の共有
などが行われています。
しかし現場では、別の問題も起きています。
それは
技術が細分化しすぎて、教えきれない
という問題です。
技術開発の現場では、
- 専門分野の細分化
- 技術の高度化
- 新領域との融合
が急速に進んでいます。
するとどうなるか。
先輩が知らない技術
が普通に出てきます。
つまり
教えたくても教えられない
状態です。
この問題は
新規事業
になるとさらに深刻になります。
なぜなら
誰も経験していない領域
だからです。
つまり
そもそも教える人がいない
のです。
ここで重要なポイントが見えてきます。
技術部署がやっているのは
テクニカルスキル教育
です。
しかし今必要なのは
未知の問題に向き合う力
です。
これは
コンセプチュアルスキル
です。
これは、多くの会社において、
「マネージャー研修」の中で取り扱われていると思います。
しかしながら、技術部門のマネジメントには、
MOTなど、特有の教育が必要であり、
これを社内で体系的に教えられる会社は
ごく一部でしょう。
三者の視点
ここまで、「技術者が育つ状態」「育たない状態」を整理してきました。
こうして言語化してみると、育たない原因も、ある程度見えてきます。
すると次に浮かぶのは、こうした問いです。
「では、誰が悪いのか?」
しかし実際には、問題はそれほど単純ではありません。
人事・経営、技術部門、若手技術者。
それぞれが、自分の立場で「技術者育成」を考えています。
つまり、
技術者育成に対する知識や意識
(=何を育てるべきかという前提)が、
立場によってずれているのです。
このずれがあるために、前述したような問題が生じます。
誰か一人が悪いという話ではありません。
それぞれが自分の役割を果たそうとしているだけなのです。
では、このずれはどこから生まれているのでしょうか。
人事・経営、技術部署、若手技術者という
三つの立場から見てみたいと思います。
人事・経営の視点
「人的資本経営」の観点から、従業員の教育に対する経営側の責任が問われる時代となりました。
企業の持続可能な発展に向けて、人材育成の重要性が高まっているのです。
人事や経営の皆さんは、
企業人に必要なのは、ヒューマンスキル・コンセプチュアルスキル(人間力)
と考えているのではないでしょうか?
たとえモノづくりの会社でも、技術者に対し、
当社がもつ技術的価値を、世間一般の人に分かりやすく説明し、その大義も分かりやすく示して欲しい
と考えるのは、とても自然なことだと思います。
また、その背景には、
専門的なことは分からないけれど、分かるように示してくれないか
という切実な思いがあるのだと察します。
技術部署の視点
技術部署に求められるのは、成果。それゆえ、
専門技術(テクニカルスキル)に優れた人材を育成したい
と考えます。
しかしながら、技術は細分化・高度化し、テクニカルスキルを教えることだって難しい。
ましてや、新規事業創出のための教育に、何が必要かと問われても、答えられない。
彼らも、テクニカルスキルを学ぶだけでは不十分だと、分かっているのです。
しかしながら、効率的な成果創出が求められる中、
手をこまねいているのが現状ではないでしょうか。
若手技術者の視点
終身雇用が崩壊した現代、
若手技術者が、その会社に居続けるのは、
「成長機会が与えられ、その実感があり、将来に渡っても成長し続けられるという予感」
がある場合です。
「人事・経営」が望む教育、「技術部署」が望む教育、
この二つがすれ違っていることは、若手技術者にも伝わります。
これからの時代を生き抜くためには、自分自身を成長させたい。
成長の機会が無いのなら、転職も視野に入れて、自己研鑽・自己啓発に励む
と考えるのは、自然なことでしょう。
技術者育成は誰が担うべきなのか
そして、ここで一つの問いが浮かびます。
そもそも、技術者は誰が育てるのでしょうか。
人事でしょうか。
技術部署でしょうか。
それとも、本人でしょうか。
この問いを整理しない限り、
技術者育成の議論は、いつまでも
すれ違ったままになります。
次回は、この問いに対する一つの考え方を提示します。
技術者文化シリーズ
- 技術者はなぜキャリアを語らないのか
- 技術者はなぜマネジメントを躊躇うのか
- 技術系マネージャーはなぜ1on1が苦手なのか
- 技術者の思考の特徴
- 技術者育成の難しさ
- 技術教育と人材育成は同じではない
- 技術者が育つとは何か ― 技術者育成の議論がすれ違う理由(本投稿)
- 技術者育成がうまくいかない理由 ― 技術部門主導で考える人材育成の本質
- 技術者育成を機能させる方法 ー 経営理念を技術部門に落し込む


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