技術教育と人材育成は同じではない

技術者文化

― 技術組織がすれ違う理由

技術者の多い企業では、
よくこんな言葉を耳にします。

「人事の研修は役に立たない」

実際、私が在籍していた会社でも
同じように言われていました。

コロナ禍をきっかけに、
社内研修は一斉にe-learning化され、
多くの動画コンテンツが導入されました。

私は当時、技術管理部署で教育担当をしており、
それらのコンテンツをすべて視聴し、
技術者に合いそうな研修を選んで
推薦していました。

しかし率直に言えば、
コンテンツの質にはばらつきがありました。
技術者の視点から見ると、
内容が浅く感じられるものも
少なくありませんでした。

その結果、現場では

「人事の研修は役に立たない」

という声が出てしまうのです。

もちろん、人事担当者が怠けていたわけでは
ありません。
むしろ若い担当者が一生懸命検討し、
教育を企画していました。

私はその努力を知っていたので、

「技術者からはどう見えるか」

という観点で各コンテンツの寸評をして、
人事にフィードバックしていました。

そして、その経験から一つのことに気づきました。

技術部署と人事では、「育成」という言葉の意味が違うのです。

技術部署が考える育成

技術部署に「人材育成を考えてほしい」と言うと、よくこう返ってきます。

「そんなもの、もうやっています」

実際、技術部署では

  • 技術講習
  • 社内技術セミナー
  • 技術ノウハウ共有

といった教育が行われています。

しかし、その多くは

テクニカルスキルの教育

です。

講師は社内の技術者であり、
教育の専門家ではありません。
内容は非常にニッチで、
講座の質にはばらつきがあります。

それでも技術部署としては

「技術教育はやっている」

という認識になります。

人事が考える人材育成

一方、人事が考える育成は少し違います。

人事が重視するのは

  • リーダーシップ
  • 組織マネジメント
  • 事業視点

といった能力です。

経営学者 Robert L. Katz
は、仕事に必要な能力を

  • テクニカルスキル
  • ヒューマンスキル
  • コンセプチュアルスキル

の三つに整理しました。

カッツモデル

新人のうちはテクニカルスキルが重要ですが、
経験を重ねるにつれてコンセプチュアルスキル
の重要性が高まっていきます。

つまり人事が考える育成とは

組織の中で人がどのような役割を担うか

という視点での育成なのです。

若手技術者が見ているもの

そして、若手技術者の視点はさらに異なります。

若手が会社に求めているのは

  • 成長機会
  • 成長実感
  • 成長予感

です。

技術教育があっても、

「この会社で成長できるのか」

という未来が見えなければ、人は不安になります。

三者のズレ

この問題を整理すると、次のような構造になります。

三者の視点による育成目的の違い
  • 人事・経営
    企業が躍進するためには、
    人間力(ヒューマン・コンセプチュアルスキル)に優れた人材を育成したい
  • 技術部署
    技術開発を成功させるためには、
    専門技術(テクニカルスキル)
    に優れた人材を育成したい
  • 若手技術者
    これからの時代を生き抜くためには、
    自分自身を成長させたい

三者は同じ「育成」という言葉を使っていますが、
実は 目的が違う のです。

技術者の成長構造

しかし、この三つは
本来対立するものではありません。

技術者の成長を整理すると、
次のような構造になります。

まず技術を身につけ、
次に人と仕事をする力を学び、
やがて組織全体の視点を持つようになる。

これはカッツモデルとも一致しています。

技術者成長の三層構造

本当の問題

ここで重要なのは、

誰かが間違っているわけではない

ということです。

人事は組織の成長を考え、
技術部署は技術成果を守ろうとし、
若手は自分の将来を真剣に考えています。

皆、自分の役割を果たそうとしているのです。

会社での立場が違えば、

  • 培ってきた知識
  • 目指している成果

が違うのです。

言い換えれば、

知と意が違う。

知と意の違い ―組織をつなぐもの

けれども、人としての思いはそれほど違いません。

  • 人を育てたい
  • 技術を伝えたい
  • 成長したい

その気持ちは、どの立場にもあります。

かつて多くの企業では、

が組織をつないでいました。

しかし近年、

  • 効率化
  • KPI
  • コンプライアンス

が重視される中で、

情を語ることが少なくなりました。

その結果、知と意の違いだけが目立つようになってしまったのです。

技術者育成とは何か

技術者の育成とは、
単なる教育制度ではありません。

それは

  • 技術
  • 組織

をつなぐ営みです。

技術は会社の基盤であり、
人は組織を動かす力であり、
組織は理念を実現するために存在します。

立場が違えば、見ている世界も違います。

しかし、人を育てたいという思いは、皆同じです。

技術と人と組織をつなぐこと。
それが、これからの人材育成なのだと思います。


技術者文化シリーズ

  1. 技術者はなぜキャリアを語らないのか
  2. 技術者はなぜマネジメントを躊躇うのか
  3. 技術系マネージャーはなぜ1on1が苦手なのか
  4. 技術者の思考の特徴
  5. 技術者育成の難しさ
  6. 技術教育と人材育成は同じではない (本投稿)
  7. 技術者が育つとは何か ― 技術者育成の議論がすれ違う理由
  8. 技術者育成がうまくいかない理由 ― 技術部門主導で考える人材育成の本質
  9. 技術者育成を機能させる方法 ー 経営理念を技術部門に落し込む

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