私は前職において人財育成を担当していた際、新しい企画を上程すると、「君がどう感じているかなんて訊いていない!」と、よく叱責されました。「君の企画書は情緒的だ。ビジネスから感情は排除せよ!」と度々言われましたが、その上司はとても感情的になっておられました。果たして、ビジネスに感情は不要なのでしょうか?
企業はMissionを果たすために、Visionを掲げ、Valueを共有します。従業員の価値観は様々ですが、一つの企業の中で働くことにおいては、大筋でこの理念に合意しているべきでしょう。だからこそ、普段の業務活動、個々人の”行動”をこれに照らすことが出来、「間違ってないよね。これでいいね!」となる訳です。
さて、人の”行動”のベースにあるのは、”思考”です。〇〇と思い考えたから、〇〇という行動をとるのです。”思考”のベースにあるのは何でしょう? それは経験であり、そこで感じた”感情”だと思います。「あの時とても嫌な思いをした。もうそんな思いをしたくないから、〇〇と考えるようになった」、あるいは「あの時とても楽しかった。またそんな経験をしたいから、〇〇と考えるようになった」のです。
では、感情のベースにあるには何でしょう? それはSelf(自己)であり、価値観や倫理観とも言えるでしょう。Self があってこその感情。日本人としての価値観を持つからこそ、夏の風物詩である虫の声を感じることが出来るのです(西洋人には雑音にしか聞こえないそうです)。このように考えると、行動~思考~感情~Self というピラミッドが描けます。
さて、企業における個々人の”行動”を方向付けるにあたって、経営者が行うことは何でしょう? 工場の安全活動においては、①明確なルールを設けること。これに照らして普段の行動を律します。「~してはいけない」というリストが多いですね。無論、②どうしてダメか?その思考法も教育され、③ルールを破って事故が起こってしまったときの感情もありありと伝えられます。
「ポケットに手を突っ込んで歩行すると、転んでケガをするよね。本人は痛いし、会社を休むことになれば同僚にも迷惑をかけるよね?」といったように… そうやって、④Selfに相当する”安全意識”が醸成されるのです。安全のみならず品質問題にまで、これを徹底したのが自動車産業。日本の現場力はそうやって磨かれてきたのです。
しかし現場でこれほどまでに重要視されてきた理念教育。非生産部門に当てはめようとすると、途端に”うわべだけ”になるように、私は思います。何故か? それは”感情”の部分を無視するからだと私は思います。
先のピラミッドにおいて、職場の中で見えるのは、”行動”です。そのベースにある”思考”も見え隠れしますが、昨今のホワイトカラー職場は、”思考”の深い部分や”感情”、ましてやSelf の部分に立ち入ることをヨシとしません。個々人の感情や価値観に触れることは、ハラスメントにつながると考えてしまうのでしょう。「君がどう感じ、どう考えるかについて、私は干渉するつもりはない。けれども、その行動は変えてね…」という訳です(笑)。
ホワイトカラー職場において、理念教育が進まないのは、ハラスメントを恐れ、相手の思考~感情~Self に触れることを避けるからですね。カウンセリングで扱うのは、今の行動、思考の背後にある、感情や価値観です。そう考えた背景にある経験を再現し、感情そしてSelf をカウンセラーと相談者が共に味わっていくのです。カウンセリングは、この4階層を耕していくようなプロセスだと言えるのではないでしょうか?
カウンセリングにおいて問題解決思考が抜けきらない場合、行動を変えるための処方箋を求めがちですが、行動レベルの対処法を与える1だけでは、思考~感情~Self レベルの問題を解決出来ません。いくらルールベースの行動規範を掲げても、理念の浸透には寄与しないのです。そのためには、Self レベルでValueを共有することが肝要。そうして規定されたValue は、”見えにくい”が”味わい深い”ものになっていると私は考えています。□
- 認知行動療法は認知の仕方(思考レベル)に気付き、行動レベルを変えていくアプローチ。その時の感じ方をセルフスケールで数値化したりします。よって、感情~思考を耕しながら、行動を変えていく手法と言えましょう。 ↩︎