クリティカルシンキングって、正直ウザいと感じることはありませんか?
会話のたびに「それって本当にそうですか?」と切り込まれると、
なんだか試されているような気持ちになる。
それは思考法が悪いのではなく、相手との距離を測り間違えているからかもしれません。
キャリアコンサルタントーの立場から考えてみます。
クライエントを引きずり回す
クリティカルシンキングと呼ばれる思考法があります。ある事象を批判的に見て「本当にそれでいいのか?」、「他の見方はないのか?」、「このような見方をしたらどうか?」と、一つの考えに縛られず、物事を柔軟に捉える思考法です。私は企画部署に身を置く中で、クリティカルシンキングの能力を高めてきたように思います。

但し、最近はこの危険性も感じています。キャリアコンサルタントがクリティカルシンキングを乱用し、さまざまな観点から質問をすると、クライエントを引きずり回してしまいます。聴いてほしい話ではないので、信頼関係は築けず、課題解決指向に陥ってしまいます。多面的な選択肢を見据えつつも、クライエント中心であることを忘れてはいけません。
聴く側への影響
人は、新しい価値観に触れたとき、「理解する前に、否定する理由を探してしまう」ことがあります。
クリティカルシンキングの乱用は、キャリアコンサルタント自身にも悪影響があると私は考えています。特に自己防衛本能が高い人が、この能力を身に着けると厄介。自身の中に新しい概念を取り入れることを拒絶するあまり、それを色々な角度から批判的に見て整理し、「自己概念とは相容れない」と差別してしまうことがあると思うのです。

とても抽象的なのでイメージ図で示しましょう。
”わたし”に対し新しい価値観が迫ってきます(図1)。その価値観を受容れるか否かで悩みが生じます。いわゆる自己概念の揺らぎです。「なぜ受け容れられないのか?」自ら気付くことによって、受容れる・受け容れないに関わらず、自己概念は成長をしていきます。人としての器が大きくなるのです。

しかしながら、外からもたらされた新しい価値観が自身の安全を脅かすものと本能的に察したとしましょう(図2-①)。多方面から物事を見直す術に長けていると、色々な視点で評価し、容易に「受容れられない理由」を見つけてしまいます(図2-②)。そして自身の価値観との間に明確な線を引いてしまいます(図2-③)。わたしとして「どう見るか?」を曖昧にしたまま、「あの考えは受容れられない」、「結局あの人とは平行線だね」と宣言することで、自己概念が脅かされない立場から論評します。差別することで、つながりを絶ってしまうので、自己概念の成長はありません。

新しい価値観に触れる前に、心にバリケードを築いてしまうような感じですね。クリティカル(批判的)であるのは良いとしても、他人事として批判し、そこに飛び込まないようでは、いつまでも平行線。交わる訳がありません。
クライエントに対しては、クリティカルなものの見方を大切にしつつ、自身に対してはクリティカル思考を抑え、「まずやってみる!」の精神で行くことが肝要。キャリアコンサルタントには、新しい価値観を取り入れる勇気が必要だと思うのです。
相互の信頼関係と尊重が前提
クリティカルシンキングは、物事を他方面から批判的に見る思考法。本来、とても理性的な営みだと思います。しかし、そこに必要なのは、相互の信頼関係と尊重ではないでしょうか?
それが出来ていないうちに、この思考法を使って対話をすると、マウントを取られたと感じたり、ひきずり回されたと感じるのだと思います。
実は私、カウンセリングを始めた頃、クリティカルシンキングは捨てるべきだと考えていました。しかし、クリティカルシンキングは、相手に向けて使うものではなく、相手を理解するために自分の中で使うものなだと気付きました。
カウンセリングでは、相手の言葉に注意を向けながらも、こちら側では、高速でクリティカルシンキングをしています。もちろん、それを口には出しません。そして、「ひょっとして、こういうことでは?」という見方を提示する場を、ずっと探り続けているのです。
「何だか、ウザいなあ…」と感じたのなら、その構造を少し俯瞰してみると、それを相手に上手く伝えられるようになるかもしれません。その違和感はむしろ大切にすべきではないでしょうか。
「正しさ」よりも「納得」が大切になる場面については、
👉こちらの記事でも触れています。
「Will-Can-Mustにモヤモヤするとき」


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