技術者の育成やマネジメントにおいて、
「役割が変わってきている」という声をよく耳にします。
しかし、その変化の中身は、
必ずしも明確に言語化されているわけではありません。
本稿では、技術者の役割を
「知・情・意」の三つの観点から整理し、
その変化の構造を見ていきます。
そして、どのように関われば、
この変化に戸惑う技術者に寄り添えるのか
考えてみたいと思います。

(知・情・意)
※ 技術者の役割変化については、こちらでも整理しています
→ 法人向けコンサルのご案内
知(論理)
技術は細分化され、高度化し、
かつてのように専門を語り合える場は減ってきました。
以前は製造業系の学会が、
その一翼を担っていましたが、
ノウハウ流出懸念から企業発表は減少し、
技術交流やネットワーク形成の場は失われていきました。
技術者の知は、企業内に籠らざるを得なくなりました。
さらに、生成AIの進歩により、
積み上げてきた知が、静かに相対化され始めています。
まだ負けていない。
けれど、この先に何が起こるのかは、誰にも分からない。
自分の専門がどこまで通用するのか、測りづらくなっている。
どことなく閉塞感を感じている技術者は
少なくないと思われます。
情(関係)
本来、技術者は
「好きだからやる」という感情で
動いてきた人たちです。
その情熱は、かつては職場の中でぶつかり合い、
技術の進化を支えてきました。
しかし今、
他人の感情に立ち入ること自体が難しくなっています。
語られなくなった情は、
行き場を失ったまま、内側に留まります。
こうした状況を見て、
人事やマネジメントの立場からは、
「まずは感情の交流から始めよう」
という声が上がります。
それ自体は、決して間違いではありません。
しかし、技術者の側には、
もう一つの感覚があります。
「技術を知らない人に、
自分の気持ちが分かるのか」
この感覚は、閉じているのではなく、
これまでの経験の中で自然に形成されたものです。
だからこそ、
単に「感情を共有しよう」と呼びかけるだけでは、
かえって距離を生んでしまうこともあります。
では、どうすればよいのでしょうか。
一つの手がかりは、
技術者が日々向き合っている「知」にあります。
好意的な関心を持ち、
今取り組んでいる技術について、丁寧に話を聴く。
その中で、
なぜそれにこだわるのか、
どこに難しさを感じているのか、
何に面白さを見出しているのか。
そうした言葉の奥に、
その人の「情」は、自然とにじみ出てきます。
技術者の情に触れるには、
その人が向き合っている「知」を経由する。
そのような関わり方が、
今、求められているのかもしれません。
意(意思)
技術者は、自分の技術の意味を、
本能的に感じ取っています。
「これが世の中の役に立つ」
その確信が、仕事を支えてきました。
しかし今は、
個人の意味よりも、社会的な大義が求められます。
自分の中の「意味」は、
いつの間にか、外側から与えられるものになっていきます。
こうして、
知・情・意のすべてにおいて、
技術者は「自分の軸」を
持ちにくくなっています。

この変化は、個々の努力だけで乗り越えられるものではなく、
組織としての関わり方が問われる領域に入ってきています。
技術者の育成やマネジメントに違和感を感じている場合、
その背景にある構造を、一度立ち止まって見直してみることが、
次の一歩につながるかもしれません。
その違和感は、個人の問題ではなく、構造の問題なのかもしれません。
技術者育成について
気になっていることがあれば、
お気軽にご相談ください。


コメント