コロナ禍を経て、職場のコミュニケーションは一層希薄になりました。これに危機感を感じた企業は積極的に1on1ミーティングを導入しています。しかし、導入してみたものの「部下に何を聞いていいのか分からない」という声も多く聴きます。「普段の業務管理と、何をどう変えて行えばいいのか分からない」、「プライバシーの問題もあるから、立ち入ったことは聞けないし…」という声も。この時間が苦痛となっている管理職の方も多いようです。どうしたらいいのでしょう?
業務管理は判断の繰り返し
業務管理に関わる管理職と部下のコミュニケーションは、ホウレンソウに代表されるように判断の繰り返しです。管理職は部下からの報告を受けて、次の行動を考える。連絡は途中経過の把握。相談は部下の考えを聴き、それに対して上司の考えを示し、すり合わせを行う場と言えましょう。”仕事の早い上司”ほど、部下に声を掛けられると、ホウレンソウのどれなのかを一瞬で判断し、自分がなすべき次の行動を考えます。
私は前職で、役員報告の場面が多くありました。ピリピリしている役員を落ち着かせ、内容に集中していただくには「本日は〇〇の件でご報告に伺いました。これで進めていいか、”ご判断”下さい」と、まず発していました。
分単位で仕事をこなす役員ほどではなくとも、管理職の仕事は判断の連続です。「あの~、今日はですねえ…今の仕事に対して、何というか、その、納得できないところがありましてですねえ…」と部下に言われたら、少なからずイラっとしてしまうことでしょう。ワキマエタ部下は、それを分かっていますから、「結論から話す」を徹底しています。
でも、これが度を超すと「結論の無い話はしてはいけない」という空気が支配的になってきてしまうのです。「相談しに来るなら、自身の考えを持ってこい!」という、無敵論法を身に付けた管理職が居ると、この傾向は更に強まっていきます。
結論を用意しておくことは、効率を上げるためには必要なこと。しかし”過ぎたるは及ばざるが如し”。そんな職場では息が詰まってしまいます。私は職業柄、相手の呼吸を観察することがあるのですが、常に結論を求めている人は呼吸が浅くて速いように思います。人間とは不思議なもので、相手の呼吸が速いと、それにつられてしまうもの。「結論から言わねばならない」という圧を感じてしまうのです。
1on1は結論出さなくてもいい場
これに対し、1on1は、結論を出さなくてもいい場。「ぼっやっとした相談もウェルカムな場」なのです。それどころか、「相談未満の話も可」なのです。そのような場にするには、以下のような考え方が必要となります。
- まず「この場は何か結論を出さなければならない訳でない」ことを、上司から部下にハッキリ伝えましょう。これだけで部下はリラックスします。「話してスッキリしたと思ってもらえれば、”私は”嬉しいです」と伝えられればいいですね。I(アイ)メッセージであることが大切です。
- 時に「結論を出せないことを聴いてはいけない」と思い込んでおられる上司もいます。「言ったんだからやってくれよ」という部下もいます。お互い肩の力を抜きましょう。
- 上司から部下に「今日は何でも話して…」 これ言いがちですが、「無礼講だから」と言われて、いきなり本音を話す人なんていません。カウンセリングの場ですら、来談目的をスラスラと語る人は稀です。
- では、どうするか? 色々なアプローチの仕方があるとは思いますが、「”私は”、この場を〇〇な場にしたいと思ってます」と、協力を仰ぐのも良いかと思います。「”会社”がやれと言ったから」はNGです。
- よほど険悪な職場でない限り、前向きに仕事をしている方が多いと思いますので、居心地のいい職場環境が実現されるのであれば、協力してもらえると思います。
実践するときに障害となるもの
「結論を出さなくていい」「Iメッセージで話す」と言われても、その実践は容易ではありません。なぜなら、前述した通り「結論を出すこと」が当たり前になっているからです。また「会社はこう考えている」または「社長はこう言っている」というように、主語を組織や他者にすることに慣れ過ぎているからです。
キャリアを論じる際、Will-Can-Mustのフレームワークを使うことは多いのですが、Canは「私が出来る事」と捉えてもらえますが、Willを「私の夢」と読み替えた途端、「仕事で夢を叶えたいなんて思っていない」となります。Mustにおいては「私がすべき事」ではなく、「会社から求められている事」にすり替わってしまうのです。「自身の使命感」のような抽象的なものを問われると困ってしまう方が多いのです。
なぜでしょう? 今でこそ就活時は「あなたは何がしたいか?」、「あなたは何が出来るのか?」、「あなたは何をすべきと考えているのか?」が強く問われます。若い人は慣れているので、サラサラと答えますよね。我々バブル世代も同じようなことを問われましたが、浮かれた世の中でありました1。たぶん、今だったら笑われてしまうような薄っぺらな答えをしていたのではないでしょうか? 就職してからも、Iメッセージで語ることは求められなかったように思います。私は自己主張の強い人間ですので抗っていましたが、Iメッセージで語ると「あなたの個人的な見解は訊いていない!」と叱られたものです。TVショッピングのコメントでは、「個人の感想です」というエクスキューズが当たり前になっていきました。
同じような時代を生きてきた皆さんが、「Iメッセージで語れ!」と言われて困ってしまうのは、至極当然なのです。
ちょっと練習をしましょう
多くの皆さんが「早く判断して結論を出し、会社の方針に従って、業務をしてきた」のです。今更、「結論を求めず、Iメッセージで語ること」に抵抗があるのは当たり前です。効果的な1on1を実施するには、まず皆さんが「結論を出すことを強いられず、ただただ聴いてもらう経験」をして、嬉しかったと感じることが大前提となります。何度かこの体験をすると、「部下にもこの体験をして欲しい」と思うもの… そういう思いは部下に伝わるのです。そうすれば、たとえ聴き方が下手であっても、部下は話してくれますよ。この一線を超えられるか否かが、聴けるか否かの境目です。
聴いても分からないこともあります。しかし「分からないもの」を「分からない」として受容れられるのが人間です。その方が人間らしいのです。
当相談室では、「部下との1on1で何を聞いていいのか分からない」という管理職のお悩みも受け付けています。ぜひ「聴かれる嬉しさ」を味わっていただき、「聴ける幸せ」を感じて下さい。お待ちしております。□
- 私は四大卒時はバブル真っ盛り。その後6年大学にいたので、就職時は氷河期でした。 ↩︎
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