このコラムでは、技術者・研究者がカウンセリングを受けたがらない理由について考えます。 所要:10分
目次
はじめに
私の前職は自動車業界。「100年に一度の大変革」という言葉がしきりに叫ばれていました。私は研究の企画部門で人財育成を担当しておりましたので、技術者のキャリア形成の重要性を声高に叫んでおりました。しかしながら、ココやココに書いたように、社内の技術者のキャリアカウンセリングを実施するまでには至りませんでした。声をかけていただけなかったのは、私の特性によるところが大きいと思います。しかし、経験豊富な外部有資格者のカウンセリングを受けられるとしたら、どうだったでしょう? 彼らはキャリアカウンセリングを受けたのでしょうか?
誤解を恐れずに言えば、技術者・研究者は「カウンセリングを受けたがらない人たち」だと思うのです。そう考える理由について述べてみたいと思います。
受けたがらない理由
専門性があれば大丈夫だと思ってしまいがち
技術が細分化し、専門性が高くなっています。部下がやっている仕事について、全てを理解できている上司などいないでしょう。それどころか、「同僚がどんな仕事をやっているか知らない」、「その仕事は、その人しか出来ない」なんてこと、どこの職場にもあります。本人にもその自負はあるので、この専門性があれば会社から見放されることはないと思いがちです。
しかし、専門技術に秀でていれば居場所が確保できるかと言えばそうではありません。研究者自ら価値創出、事業化フェーズまで関わらないと、その研究はモノにならないのです。関わるべきフェーズが変わると求められるスキルも変わるのですが、それに対応できず、日の目をみない研究は山のようにあります。今まで行っていた研究分野自体が無くなってしまうことなんて、決して珍しいことではありません。
今に始まったことではありませんが、「専門性があるから大丈夫!」とはいかない時代。常にリスキリングが必要なのです。どうしても、その領域で研究を続けたい方は、他の研究所や大学に転身していきます。
ロールモデルがなく、相談してもどうにもならないと思いがち
技術者は専門性が高いが故、ロール(役割)モデルがないと思いがちです。その事実を受容れ、新しいキャリアを切り拓いていくならばOkです。しかし「ロールモデルがある=正解」と考えてしまうとおかしなことになります。「どうせ他人に相談しても正解など無い」と心を閉ざしてしまうと、カウンセリングに向かうはずもありません。
定量的効果を求めがち
これは私の前職場に限ったことでなく、日本の多くの技術系職場に同じような傾向があるのではないでしょうか? 彼らは、何か新しい技術に取り組もうとしたとき、「それはどんな効果があるのだ?」、「どれくらい成功する可能性があるのか?」、「儲かるのか?」、「どのくらいの事業規模になるのだ?」と言われ続けています。「そんなの、やってみなきゃ分からないよ」と思いつつ、鉛筆なめなめして試算し、部長、役員を説得するのです。そんなことをしているうち、自分のための投資についても「どれだけ効果があるのか?」と自らハードルを上げていくのです。
「カウンセリング? どんな効果が有るの?」、「俺が抱えている問題を解決してくれるの?」、「タイパは?」、「事例を見せて!」 効果が有ると分かっていないと手を出せないのです。だから、「これだけやれば大丈夫!」という神コンテンツを求め、倍速再生して結論だけ欲しいのです。
仕事のことを話すと機密性に触れると思い込みがち
技術者の皆さん、仕事の話をするとなると、「技術的な機密情報が洩れるのではないか?」と突然ガードが固くなりますね。「どんなテーマに、どんな体制で取り組んでいて、どんな問題があるのか?」…それを話さないといけないと思ってしまうようです。しかし、キャリアコンサルタントに向けて相談することって、そういうことじゃありませんよね。「上司に対する愚痴」みたいなものは含まれるかもしれませんが(笑)。技術の内容など話されても、キャリコンには分かりませんから。もちろん、上司の愚痴も技術の内容に対しても守秘義務がありますから口外はしません。
私は技術部門の異業種交流会に通っていたことがあります。技術/研究部門の管理部署の方が参加し、技術戦略の立て方や新規事業創生、人材育成について議論するのです。その際、気が付いたことは「たとえ異業種でも、同じようなことに悩み苦しんでいる」ということ。「機密性がある技術の話」は除外しても、十分に議論が成り立つし、異業種ならではのユニークな意見に触れることが出来るのです。
私は幸い、そのような機会を得ることが出来ましたので、異業種のみならず同業者の方と議論すること、コミュニケーションをとることに何の抵抗もありませんでした。しかし多くの技術者はそのような感覚がありません。「仕事の事など、他部署の方と話してはいけない」と思い込んでおられるのです。これはキャリアだけでなく、イノベーション創出に対しても障害になると私は思います。
カウンセリングを受けてもらうにはどうするか
それではどのようにすれば、技術者・研究者にカウンセリングを受けてもらえるのでしょう?
vs 専門性至上主義
「専門性があればどうにかなる」という方々に対しては、少々荒療治とはなりますが、現実に向き合ってもらうしかありません。私の前職は自動車業界でしたが、10数年前、家電業界の方の講演で、「皆さん方の業界にもトンデモナイ大波がやってきますよ。我々の業界のようにはなって欲しくないから、あえて警告します」と言われたことを思い出します。
しかしながら、ココでも書いたように組織には「正常性&同調性バイアス」が働くのです。これを防ぐには、権威のある方に危機感を煽っていただき、「あの人がいうなら、そうかもしれないなあ…」と思っていただくしかないのです。数字で示せれば尚更響くでしょう。
vs ロールモデル至上主義
ベテラン技術者、研究者の方に、ご自身のキャリアを語っていただくことが良いでしょう。自分の事を語るなんて…と恥ずかしがる方が多いと思いますが、それをミッションとすれば、活き活きと語っていただける方は居るはずです。前向きな失敗談なら更にGoodですね。
vs 効果至上主義
職場の上司から「効果なんか求めないから、カウンセリングを受けてこい!」との一言が欲しいですね。たとえ会社がカウンセリングの場を設定してくれても、上司から効果を求められると、「結果を持ち帰るにはどうするか?」を起点としたカウンセリングになりがちです。皆さん真面目なので、成果をイメージしてからプロセスを逆算するのです。とても痛々しいです。
vs 機密至上主義
キャリアカウンセリングにおいては、守秘義務があること、また仕事の詳細などは開示いただく必要がないことについて、事前に明確化しておく必要があるでしょう。
まとめ
多くの技術者・研究者が持つ、以下の主義はキャリアカウンセリングを受ける事の障害になります。
- 専門性至上主義
- ロールモデル至上主義
- 効果至上主義
- 機密至上主義
「専門性だけではどうにもならない」ことを受け容れ、先輩技術者から「ロールモデル」を語っていただき、「効果は求めない」し「機密は守られる」から受けてこい!と、上司から背中を押していただくのが肝要でしょう。私は上記のような事情に通じております。技術者・研究者のカウンセリングにおいては、ぜひお声がけ下さい。□